ずいぶん久しぶりになってしまいましたが、以前徳間書店さんの「子どもの本だより」という小冊子に掲載していただいたものをアップしようと思います。小冊子のときは字数の制限があり、書ききれないところもありましたので、加筆してあります。



あまんきみこさんの「車のいろは空のいろ」のこと


 最初にこの作品を読んだのは、小学校の国語の教科書だったでしょうか。連作のみっつつ目の「白いぼうし」が教科書に載っていたのです。主人公はタクシーの運転手松井さん。舞台は東京らしい町。そこに小さいけれど、不思議な出来事が起こるお話です。
 松井さんがタクシーを運転していると、道路に白い帽子が落ちている。松井さんは車を降りて、その帽子を拾う。なかからモンシロチョウが飛び出してくる。松井さんは、帽子がそこにあったのは、落ちていたのではなく、子どもがチョウをつかまえるためだったと気づく。かわいそうに思って、チョウのかわりにそのとき持っていた故郷から送られてきた夏みかんを置いておく。車に戻って来ると女の子がうしろの座席に座っていて、「菜の花横町まで」と言う。車を出すと、男の子がお母さんを帽子のところまで引っ張っていくのとすれちがう。空き地の近くを通りかかったとき、うしろを見ると、女の子はいなくなっている……というお話です。
 松井さんのいる世界は、どこにでもあるようなふつうの町です。松井さんもふつうの運転手さんです。わたしたちのいるこの場所のすぐ隣にあってもおかしくない。はじめてこの話を読んだとき、自分のいる場所が別の世界につながっているような感覚を覚え、夏みかんの匂いと、ひらひら舞うモンシロチョウ、白いぼうしと空き地のイメージが心に残りました。
 それからいくつもあまんさんの本を読みました。大人になって、古本屋さんであまんさんの文庫を見つけて買い、もう一度読みました。はじめてひとりで暮らすようになったときのことでした。なつかしさでページを開いたのですが、読み始めてすぐにぽろぽろ泣いてしまいました。
 たしか「天の町やなぎ通り」だったと思います。郵便屋さんが男の子と出会うお話です。男の子のお母さんは亡くなっていて、でも男の子はその意味をわかっていません。男の子の頼みで、郵便屋さんは男の子の手紙をお母さんに届けに行くのです。 郵便屋さんは大人だから、お母さんが死んでもう帰って来ないこともわかります。男の子の手紙を持ったまま、郵便屋さんは「天の町やなぎ通り」に着いてしまいます。そして、お母さんの住む家のポストにその手紙を入れるのです。
 この物語のなかで、手紙を届けるのは郵便屋さんで、男の子ではありません。男の子はお母さんに会えないし、郵便屋さんも手紙をポストに入れるだけで、お母さんの顔を見ることはありません。けれども、手紙は着いた、と思うのです。郵便屋さんは大人です。男の子と郵便屋さんは同じ世界にいますが、見ている世界はちがうのです。そのふたつが短い物語のなかでふわっと重なって、物語が終わります。
 わたしはそのとき、はじめてあまんさんの物語はこういうものだったのか、と悟ったような気がしました。あまんさんの物語のなかには、子どもの思いと大人の思いが重なるようにはいっていたのです。子どものときには気づかなかった大人の層にそのときはじめて触れたような気がしました。
 次に本を開いたのは、手術のために入院したときでした。暇になるだろうからと思って、なぜかあまんさんの本を持って行ったのです。そのときもまた、読みながら泣いてしまいました。母と娘を描いた「うぬぼれ鏡」。人の孤独がやわらかく描かれた結末に息を呑み、しかしこの鏡がどこかで「おかあさんの目」のやさしい世界につながっていくのです。ひとりでありながら、おたがいにつながっているという不思議。
 それから数年、子どもが生まれ、日々忙しく、あまんさんの本を広げることもありませんでした。でも、この原稿の依頼を受けたとき、あまんさんの作品にしよう、と思い、最初に読んだ「車のいろは空のいろ」を手に取りました。
 四番目の「すずかけ通り三丁目」を読みはじめて、また涙が出てきました。戦争で失った子どもに会いにいくおばあさんの話です。「いいえ、運転手さん、むすこたちは何年たっても三歳なのです。母親のわたしだけが、年をとっていきます。でも、むすこを思うときだけは、ちゃんと、このわたしも、もとの若さにもどる気がするんですよ。……おもしろいものですね」。わたし自身が親になったからでしょうか、子どもを亡くしたおばあさんの心が深く刺さってきました。
 大人の層のさらに奥に、おばあさんの層があったのです。あまんさんの物語には、こんなふうにいろんな世代の心が折り重なるように詰まっていて、年を経て読むと、また別の層が見えて来るのです。
 でも……と、ふたたび思いました。子どものころのわたしは、あまんさんの物語のどこに惹かれていたのだろうか、と。あのときほんとうは、おはなしのなかに、ぼんやりと、そういう深い層が見えていたのではないか、と思うのです。なつかしいような怖いような、生まれる前の世界、死んだあとの世界とつながるような。そういうものがチョウの白い羽のようにひらひらと、心のなかにつかのま舞い、そこに惹かれていたのではないか、と。


 あまんさんの作品はそういうわけで、子どもにはもちろん、大人の方にもぜひ読んでもらいたいなあ、と思います。